3人目の子供が生まれた日

2017年7月28日。

我が家に3人目の子供がやってきた。

その日のことを書き残しておこうと思う。

ちなみに、このブログを書いている目的は色々あるけれど、一番大切な目的は「記録に残す」ことだ。

僕たちはすぐに忘れてしまうし、伝えようとしていたことをついつい伝えそびれてしまうことも多い。

特に子供に対しては「あの言葉は本当はああいうつもりで言ったんだけど、まだ君達には理解できなかったよね」といった場面や「本当はあの時あの瞬間にこういってあげるべきだった」という場面がいくつもある。

「この言葉は、君達が大人になった時にもう一度考えてみて欲しい」というものも多い。

だから、きちんと記録に残しておいて、いつの日か子供達にもこのブログを読んでもらいたいと思う。そして「ああ、あの時親父はこういう気持ちでいたんだな」ということを感じてもらえたら、これ以上幸せなことはない。

双子の育児はあっという間に終わっていった

僕たち夫婦は2010年に男女の双子に恵まれた。

まさか双子を授かるとは思っていなかったし、しかも男女だとは思っていなかった。

よく周りからは「双子の子育てって大変だよね」と言われたけれど、僕はあまりそれを実感したことはなかった(子育てのほとんどを妻に任せていた僕がこう書くときっと妻は激怒するだろうけど)。

勿論大変なことが全くなかったわけではなかったけれど、僕は双子であることのメリットや幸せを感じることの方が多かった。

2人で勝手に遊んでくれることも多かったし、2人で刺激し合って成長していってくれることも何度もあった。小学校に入って勉強を始めてからも、お互いがお互いを良い意味でライバル視して頑張ってくれている。

夜2人が同じ格好をして寝ていたり、車の中でクッションに頭を寄せ合って眠ったりしている双子ならではの微笑ましい場面も幾度となく見てきた。

何よりもただでさえ可愛い子供が、2人揃っていることで何をしてもその可愛さは2倍にも3倍にもなった(このへんはだいぶ親バカが入ってはいるけど)。

ただ、妻といつも話していたのは「なんか、全部が一気に終わっていくよね…」ということだった。

双子ではない普通の兄弟であれば、1人がある程度成長して手を離れたところで、また次が生まれ、終わったはずの育児をまた経験することができる。

でも、双子の場合は全てが一度に、そして怒涛のように終わっていく。

しみじみ味わったり、一度した経験が次に活かされたりすることもなく、全部が同時進行で始まり、そして終わっていくのだ。

だから妻とは「もう1人子供が欲しいね」という話をそれとなくしていた。

本当は双子達が3歳くらいになったタイミングで3人目が欲しかったのだけれど、なかなかうまくいかず、彼らが小学校に上がったタイミングでようやく3人目を授かった。

年齢差は7歳。

上の双子達と下の子が小学校に通うことはなく、下の子が中学生になった時には既に上の双子達は高校を卒業して家を出ているかもしれない。

そう考えると7歳という年齢差がとても大きく感じられる。

妊娠がわかったのは、昨年の暮れのことだった。

その頃、我が家は春に迫った双子の入学に向けて引越しを考えていた。

妻も働き始め、収入にかなり余裕も出てきていたので、思い切って今までよりも家賃の高い一軒家に移り住むことにした。

男女の双子はいずれそれぞれの部屋が欲しくなるだろうと考え、間取りは3LDKを選択した。

妻が僕に妊娠を告げてきたのは、新居の契約をちょうど済ませた頃だった。

しばらく頑張っても子供ができなかったので、まず僕はものすごく驚いた。正直なところ「え?今頃?」という戸惑いもあった。けれど、何よりも妻の妊娠を本当に嬉しく思った。

妻は30代後半に差し掛かり、世間で言われる「高齢出産」の年齢になっていたので、家族には年が明け、安定期に入ってから妊娠のことを伝えた。

僕の父は驚きつつも、とても喜んでいた。

妻の父母は喜びつつも、半ば呆れ、妻の体のことを心配していた(双子を出産した後、腰を痛め、妻は何日か寝込んだからだ)。

引越し、双子の卒園・入学等のわりと大きなイベントを間に挟みながらも、妻は自分の体を気遣い、大切にお腹の命を育んできた。

帝王切開

この出産が帝王切開になることは、7年前から既に決まっていた。

双子の出産の時我が家は医者に勧められて帝王切開を選択した。「双子の場合、1人目が無事に出産できたとしても、2人目がなかなかうまく出てこられなくて結局帝王切開になることが多いですよ」と医師に言われたからだ。

陣痛や出産の痛みを経験したのに、さらに帝王切開の痛みも経験するのであれば、最初から帝王切開にしておいた方が良いのではないかというのが妻と僕の共通の選択だった。

その病院では、一度帝王切開をした女性が再度出産する時には有無を言わせず帝王切開をするらしい(理由は聞いたけど忘れてしまった。母体を気遣って、とかそんな理由だったとは思う)。

そして、僕が住む地域には出産ができる病院はそこしかない。

だから、3人目の出産が帝王切開になることは7年前に双子を出産した時から運命のように決まっていたのだ。

妻は「私も一度くらいは陣痛というものを経験してみたい」と嘘か本当かわからないが言っていたことはある。でもこればかりは仕方がないだろう。

7月の初めに出産の日、つまり手術の日は7月28日に決まった。

7月28日より前に妻が産気づくことがない限り、僕らの3人目の子供の誕生日はその時点で決定した。

こういった感じで、出産の日があらかじめ決まっているというのが、帝王切開の一番の特徴だろう。決まっているので、妻はその日に向けて準備を進めていたし、僕も事前に出産前日から長期の休みを取ることを会社に告げておくことができた。

この点は事前に決められた帝王切開のすごく楽な点だった。

でも、裏を返せば「いつ生まれるかわからない」というドキドキ感がないということにもなる。

妻が「私も一度は陣痛を経験してみたかった」というのと同じように、僕も「いつ生まれるかわからないドキドキを経験してみたかった」という気持ちはある。

出産前日

出産前日は家で昼食を済ませ、妻は午後から入院をした。

僕も双子と一緒に付いていき、手術に関する説明を聞き、同意書にサインをした。

何度か経験したことがあるけれど、この手術前の同意書というのは非常に怖い。どれも「稀に」という枕詞付きではあったが、「死亡する場合があります」「障害が残る場合があります」という説明をたくさん聞かなければならない。

今回は母体がより安全なようにということで帝王切開を選択したが、手術自体のいスクの高さを改めて感じた。

15時頃になると、義母が病院に来てくれた。

夕方病院を出た後、義母と一緒に双子を連れて家に帰った。

家で義母が夕食を作ってくれている間、僕はかねてから双子にお願いをしてあった手紙を彼らに書いてもらった。

明日手術前に妻に渡す手紙と、手術が終わった後に妻に渡す手紙だ。

娘は2種類ともちゃんと書いてくれたけれど、息子は絵を描くことに集中してしまい、手術前に渡す手紙にしか書くことができなかった。

手紙は勿論妻には内緒だ。

手紙が妻の励ましになったり、喜びになって欲しいという気持ちもあったが、一番は「こういう場面でこういうことをしてあげると周りの人は喜んでくれるよ」というのを子供達に伝えたかったからだ。

2人ともとても楽しそうに手紙を書いていた。人間というのは誰かを楽しませたり、喜ばせたり、ビックリさせたりすることは本能的に好きなのかもしれない。

夕飯には手巻き寿司を食べた。

息子が卵とネギトロとシソでパンダの手巻き寿司を作った。「この写真を撮ってお母さんに送って欲しい」というので、言う通りにしたら、あろうことか写真の中に明日サプライズで渡す予定だった手紙が写り込んでしまい、妻にもバレてしまった。

妻からは「カメラマンの詰めが甘い」とLINEが来たけど、本当にその通りだと思う。

出産当日

2017年7月28日。大安。

その日は朝から夏らしいとても暑い1日だった。雲一つない快晴というわけではなかったけれど、夏らしいとても清々しい天気だ。

双子を義母に預けて僕は1人先に病院に行った。

手術はお昼くらいに始まるとのことだった。病院に着くと、僕は早速双子からの手紙を妻に見せた。昨日すでにバレてしまっていたので残念ながらサプライズにはならなかったけれど、それでも妻はかなり喜んでいた。

手術前の時間しばらく妻と2人だけで話をした。手術中カメラや眼鏡はどうしようとか、僕がお昼ご飯をどこで食べるかとかそんなくだらないことばかり話をした。

手術時間が近づいてきた頃、妻をビデオに撮り、生まれてくる子供へのメッセージを話してもらった。これは双子の時にもやったことがあったのだけれど、大きくなってからこの映像を見せてあげると子供達はとても喜ぶ。自分がまだ知らない世界で自分に向けて親がメッセージを送っているというのが不思議なのだろう。

我が家は4人目の予定はないので、おそらく妻が妊娠している姿を見るのはこれで最後だろう。そう考えると少し寂しい気持ちがした。

妻は「やっと会える気持ちは嬉しいけど、胎動を感じるのがこれで最後かと思うと寂しい」という話をしていた。

胎動を感じられるというのは母親だけの特権だ。

母親は父親にはできない苦労をする分、母親だけしか過ごすことができない赤ちゃんとの2人だけの幸せな時間が与えられているのだと思う。

その幸せな時間ももう少し終わり、赤ちゃんが家族の元へとやってくる時が近づいていた。

僕はかなり照れ臭かったけれど、それでもどうしても言っておきたくて「待ってるよ。無事に生まれてきてね」と妻の大きなお腹に手を置いて呟いた。

 

手術は12時過ぎに予定通り始まった。

手術が始まったことと今後の予定を簡単に義母にLINEで伝えると病院内の食堂で昼食を食べた。何を食べようか散々迷った挙句、結局きつねそばにした。

なんだかあまり食欲がなかったのだ。テーブルに届いた熱いきつねそばを啜りながら、なんでこんなに熱い日にこんなものを注文してしまったのだろうと後悔した。

きっと僕も緊張していたんだと思う。

昼食後、待合室で『セッション』という音楽映画を見ながら手術室からの連絡を待った。しばらくすると義母が双子を連れてやってきた。

それとほぼ同時に手術室から「今手術が始まりました」という電話が入った。

手術室に入ってから麻酔をして1時間ほどで手術開始。

手術開始から30〜40分程で赤ちゃんが手術室から出てくる。

赤ちゃんが出てきてから30〜40分程で妻が手術室から出てくる。

手術のスケジュールは大体こんな感じだった。

赤ちゃんが手術室から出てくる時も、妻が帰ってくる時もその場に双子も居合わせることができた。

彼らはとても感動をしているように見えたし、興奮しているように見えた。

「かわいいー!」「ちっちゃーい!」と2人で騒いでいた。

生まれたのは3,145gの元気な男の子だった。

保育ケースのようなものの中で眩しそうな表情をしながらしきりに手を動かしていた。

僕は赤ちゃんの体をざっと簡単に確認した。

髪の毛もあり、耳も2つあり、眉毛もある。まだ開いてはないけど目が2つあり、小さな鼻があり、その下には口がある。指は両手とも5本ある。

そんな当たり前のことが僕には奇跡に感じられた。

生まれて初めて聴いた音楽

出産当日はもう赤ちゃんにも母親にも会えないということだったので、双子は義母に先に家に連れて帰ってもらった。

僕は手術後の妻と一緒に病室でしばらく時間を過ごした。

前回双子を産んだ時、妻は出血が多く、極度の貧血になった。今回も同じようなことが起こるのではないかと心配していたけれど、どうやら大丈夫なようだった。

担当の看護師さんが「赤ちゃん病室に連れてきますか?」と僕らに聞いてくれた。

前回双子の出産の時には2人とも2,000g程度しか体重がなかったため、しばらくNICUで面倒を見てもらうことになった。その間は僕ら夫婦がNICUまで毎日子供に会いに行っていた。

だから、その日のうちに赤ちゃんが部屋に来られるとは思っていなかったので、「(病室に来ても)いいんですか?」と思わず聞いてしまった。でも、特に問題なければ、出産当日に母子同室になるのがむしろ普通とのことだった。

看護師さんが病室に連れて来てくれた時、赤ちゃんは自分の指を一生懸命吸っていた。

看護師さんは「もう指しゃぶりしてる。偉いですね」と言った後、なぜ指しゃぶりをするのか説明をしてくれた。まだ羊水の中にいる時の匂いや味が恋しくて、赤ちゃんはそれが染み付いた指をしゃぶるのだそうだ。

「おっぱいあげてみますか?」と勧められて、妻は初めての母乳をあげることになった。赤ちゃんは思ったよりも上手に母乳を吸っていた。

指しゃぶりと言い、母乳を飲む仕草と言い、誰に教えられたわけでもなく、最初からこういう行動ができるのを見て、僕はなんだかとても感心してしまった。

人間に、動物に、遺伝子に、本能に、生への欲求に感心したのだ。

赤ちゃんは母乳を飲んでいてもすぐに眠ってしまった。

そして、妻につつかれ、ビクッと身を震わせて起き、また母乳を吸う。そしてまた寝る。その繰り返しだった。きっとまだ起きていられるだけの体力がないのだろうなと思った。

体力がまだないのは妻も同じで、手術後体中のいたるところに管を差し込まれて同じ姿勢でいることがだいぶ辛いようだった。それに、麻酔のせいで意識が薄く、すぐに眠くなってしまうようだった。

というわけで、辛そうな妻に代わって、僕は初めて赤ちゃんを抱っこした。

思ったよりもかなり軽く、小さかった。

全力で守ってあげたいと思ったし、この子のためならなんでもできると思った。

赤ちゃんは僕が抱っこしてしばらくすると泣き出してしまった。体調が悪そうな妻にも預けられないし、保育ケースの中に戻しても泣き止むとは思えなかったので、僕は仕方なくiphoneで音楽を聴かせることにした。

流れたのはジョン・コルトレーンだった。

アルバムは『Anthology 1959-1967』

漫画『BLUE GIANT』にハマり、ジャズを聴くことが多かったので、たまたまジョン・コルトレーンが流れたのだ。

流し始めた後しばらくして「これがこの子が生まれて初めて聴く音楽になるのか」と気づいた。

「初めて聴くのがジャズでいいのか」とも思ったのだけれど、『Giant Step』と『My Favorite Things』の2曲を聴いたあたりで眠ってしまったので、もしかしたら意外と気に入ったのかもしれない。

それに、初めて聴いた音楽など覚えていないことがほとんどだから、もう少し物心ついた頃に「これが君が生まれて初めて聴いた音楽なんだよ」と話してあげたいとも思った。

一体彼はどんな反応を示すのだろう。

どんな未来が待っているかわからないけれど

未来のことをあれやこれやと心配したり、憂いたりして、子供を作ることを躊躇したり、結婚すらしない人が増えているという話をよく耳にするし、しばしばそんな統計資料を見ることもある。

でも、(本当は望んでいるけれどもなかなかそれが叶わない人を除いて)僕は未来のことを心配して結婚や出産・育児に後ろ向きになるのにはあまりにもナンセンスだと思う。

当然結婚や出産や育児が必ずしもいつも良いことばかりとは限らない。

家族を作ったからこそ、経験しなければならない大変なこともあれば、失うものもあるだろう。

でも、僕の中では確実に「結婚・出産・育児のメリット+デメリット」>「結婚・出産・育児をしないことのメリット+デメリット」なのだ。

この数式の不等号の向きが変わることは、僕の中では永遠にない。

そのくらい家族からもらえる幸せは、他では得難いものなのだ。それ以外のことで得られる幸せとは次元が違うと言ってもいいくらいだ。

 

 

我が家に3人目の子供がやってきてくれた。

どんな未来が待っているかわからないけれど、僕は妻や子供達が幸せに生きていくためならなんでもできる夫でありたいと思うし、妻や子供達にも幸せを感じさせてもらいながら、自分の人生を生きていきたいと思う。

 

3人目の名無しの権兵衛さん。

シンプルでありきたりな言葉だけれど、心からこの言葉を伝えます。

生まれてきてくれて本当にありがとう。

 

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