延命治療にお金を使うんだったら、今すぐ食洗機を買うべき!

お盆に久々に実家に帰った時、我が家では『食洗機』に関する喧々諤々の大激論が交わされた。

そして、その激論を機に食洗機を軸として過疎化や延命医療まで思いを巡らせたので、今回はそのことを書こうと思う。

まずは僕の実家の話からだ。

僕の実家には60代半ばの父親ともうすぐ90歳の祖母が2人暮らしをしている。

母親は僕が大学を卒業してすぐにガンで亡くなってしまった。

母親が亡くなってしばらくは、僕や妹が入れ替わりで実家に住んでいたのだけれど、今は2人とも結婚をして実家を出てしまっている。

祖母はだいぶ耳が遠く、足腰も悪いのだけれど、毎日料理くらいは作っている。

僕や妻、そして妹も実家に帰った時は家事を手伝ったりはするけれど、それ以外は父親が家事をしている。

父親は当然男性だし、今とは違い、「男は外で仕事、女は家で家庭を守る」という時代を生きた人間なので、家事はそれほど得意ではない。

食洗機をプレゼントした理由

そこで、今回お盆に帰省した時に食洗機を買ってプレゼントすることにした

そう決めた理由は大体こんなところだ。

食器洗いは身体的負担は小さいけれど地味に大変

食器洗いは掃除や洗濯に比べれば、身体的負担の少ない家事だと思う。重いものをもつ必要もないけれど、1日に3回もやらなければならないのが大変なところだ。

前に書いたように実家には父親と高齢の祖母しか暮らしていないので、1日3回もやらなければならない家事は減らしてあげたい。

妻の家事の負担を減らしてあげたい

妻は実家に帰った時、家事を手伝う。

それが一般的なことなのかどうかはわからないけれど、僕の実家のような田舎ではそれはごく当たり前のこと、やって当然というような雰囲気がある。

妻も特に嫌がらずにやってくれてはいるけれど、子供が3人いるので、その世話もしなければならない。

しかも、父親と祖母だけで暮らしている時は食器の量もそれほど多くはないけれど、僕の家族が実家に帰った時は合計6人での食事となる。

当然1回食事をしただけで、シンクいっぱいの食器が溜まってしまう。

食洗機を買えば、洗い物が全くなくなるわけではないが、サッと洗ってあとは食洗機に入れておけばOKなくらいに妻の負担を軽減してあげたいと思った。

そもそも食器洗いの時間が無駄

家族がどうのこうのという問題は置いておいたとしても、僕は家事そのものの時間が無駄だと考えている。

もちろん家事は大事な仕事の1つだし、いつもやってくれる家族には感謝してくれるし、僕自身が家事をすることもたくさんある。

でも、その時間や仕事量は可能な限り削減してもっと生産的なことや楽しいことに時間を使うべきだと思う。

「そんなものいらねぇよ」という反応が返ってきた

そんなわけで、食洗機を実家にプレゼントしようと決めたわけだけれど、父親から返ってきたのは「そんなものはいらない」という言葉だった。

実は、父親がそれほど積極的に食洗機を欲しがらないであろうことはある程度予想していた。

でも、僕にとって予想外だったのは、ちょうど実家に帰っていた妹まで「食洗機はいらない」と言い出したことだった。

妹は昨年新築の一軒家を購入し、そこに備え付けの食洗機がついているらしい。でも、一度使ったきり、その後は全く使ってないというこだった。

使っていない理由は、「油汚れが落ちない(特に子供用のプラスチック食器の汚れが落ちない)」ということだった。

これは「電気代がかかりそう」「水道代がかかりそう」という理由と並ぶ食洗機否定派3大理由だろう。

正直なところ、父親の世代の人間が食洗機を否定的に捉えるのはまだわかるけれど、妹までもアンチ食洗機に回るとは思わなかった。

ちなみに、父親が「食洗機はいらない」と言った理由は妹はそれとは全く違う。

父親が話した食洗機が不要な理由は「食洗機を買うお金がもったいない(無駄遣いだ)」というものと、「食器洗いは機械ではなく、手でやるべき」というものだった。

食洗機を否定する妹や父親の言い分が全く理解できないわけではなかったのだけれど、僕の考えとは全然違った。

ここからは彼らの食洗機不要論に対する僕からの反論を書いていきたい。

食洗機不要論者への3つの反論

前述のようにここからは食洗機は不要だと言う父親や妹の意見への反論を書いていく。

「食洗機では汚れが落ちない」への反論

「食洗機では汚れが落ちない」への僕からの反論は「別にそんなにきれいにならなくてもいいじゃん」だ。

食洗機で洗った後、多少汚れが残っていようが、ちょっとくらいベトベトしていようが、いいんじゃないかと僕は思う。

日本人は過度に潔癖すぎるし、それは日本という国全体の生産性の低さにも確実に繋がっている

食洗機の普及率は日本に比べると欧米の方が圧倒的に高い。

逆に、日本の方が欧米よりも普及率が高い家電はウォシュレットだ(家電と呼ぶべきかどうかはわからないが)。

ウォシュレットはたしかに気持ちが良いし、僕も愛用している(ウォシュレットがないトイレでは用を足したくないくらいだ)。

ウォシュレットとはどういうツールかと言えば、あれは「過度に清潔を保つために存在する」もの、もしくは「生活の品質を上げる」ものだと思う。

用を足した後、トイレットペーパーで拭けば済むのに、より快適さを求めるために使うのがウォシュレットだ。

一方、食洗機は「時間を生み出すために使われるツール」だ。

そこそこきれいになっていればいいものに満足せず、時間を生み出すためのツール=食洗機を使わない。

逆に、よりきれいを求めるためにウォシュレットを好んで使う。

日本人は、ほどほどにしておけば良いものにこだわって、何かを産み出すことに時間を使おうとしていないのだ。

「食洗機を買うお金がもったいない(無駄遣いだ)」への反論

いろんなwebサイトでも、食洗機を買うためのお金がもったいないという意見はたまに目にする。

でも、僕はそれを「目先の現金だけしか見ておらず、中長期的な視点が足りない意見」や「時間の使い方のやりくりに頭が回らない意見」だと考えている。

例えば、設置型の食洗機であれば60,000円も費やせばそこそこ良いものが購入できる。

それで削減できる食器洗いの時間は1日あたり15分×3回=45分程度だろう。

その1日45分の時間を働くことに使うとしよう。

時給1,000円で働けば、食洗機の60,000円という費用は45日(約2ヶ月)程度働けば回収できる金額だ(60,000円÷1,000円÷60分✕45分=45日)。

食洗機導入によって産み出された1日あたり45分という時間は、別に労働に使わなくても良い。

寝ても良いし、趣味やエクササイズの時間に使っても良い。

「食器洗いが3度のメシより大好き!」という人を除けば、1日あたり45分の時間を何も産み出さない食器洗いの時間に使うよりは、自分の好きな時間に使った方が明らかに充実した時間が送れるだろう。

たった60,000円で1日45分自分の好きなことに使える時間が買えるのであれば、かなりお得だと思う。

「食洗機を買うお金がもったいない(無駄遣いだ)」への反論をまとめると、次のようになる。

食洗機導入によって確保された時間を使って稼げるお金>食洗機の価格

食洗機導入によって確保された時間を使って得られる人生の充実>食洗機の価格

もし、食洗機によって産み出された時間に価値を見い出せない人がいるとしたら、それは時間の使い方がものすごく下手な人か、現時点ですでに相当暇な生活を送っている人か、何1つやりたいことが見つからないちょっと寂しい人だと思う。

「食器洗いは機械ではなく、手でやるべき」への反論

ちょっと話が逸れるけれど、僕の実家はとんでもなく過疎化が進む限界集落にある。

若者はほとんどいない。

みんな故郷を捨てて出てしまっていっているのだ。

なぜ若者が出ていってしまっているかというと、簡単に言えば仕事がないからだ。

では、なぜ仕事がないかと言えば、それはそれぞれの時代に合わせて何を仕事にすべきかを間違ってきてしまったからだ(勿論、交通の便や資源の有無といったほかの理由もある)。

僕は、食器洗いのような仕事を心を込めて手でやろうという姿勢が嫌いではない。

でも、食器洗いを時間をかけて手で行うことは、残念ながら今の時代にはマッチしないのだ。

何らかの価値を産み出すことに繋がりにくいからだ。

今は、多くの家庭の中で、少しでも家事に使う時間を減らし、そのぶんをお金を稼げる仕事に回したり、余暇を楽しむことに費やしたりすることが求められる時代なのだ。

「食器洗いは機械ではなく、手でやるべき」という考え方は僕の父親だけがもつ特殊なものだとは思わない。

これは、日本の田舎になんとなくだけれど、蔓延している考え方なのではないだろうか。

僕は「食器洗いは機械ではなく、手でやるべき」という考え方に固執し、時代に合わせた価値の転換をしてこられなかったことが、日本の地方の過疎化に関係しているように思えてならない。

少し大げさだろうか。

延命治療にお金を使うんだったら、今食洗機を買う方が断然良い!

僕は世の中に存在する家電は、大雑把に分けると2種類にカテゴライズできると思う。

1つ目は「生活の質を上げるもの」。

そして、2つ目は「時間を産み出すもの」。

家電はおおよそ上の2つのどちらかに分類される(両方に当てはまるものもたくさんあるけれど)。

前にも書いたけれど、食洗機はど「時間を産み出すもの」家電だ。

時間とは、僕達人間にとって命そのものにほかならない。

命とは僕達が今過ごしているこの1秒1秒の累積だ。

だから、食洗機は『時間=命』を産み出すツールだと言っても過言ではない。

そういった意味では、食洗機にお金を使うことは、延命治療にお金を使うことと本質的に変わらない

 

でも、もうヨボヨボになって身体も自由に動けない死の間際に、残りの時間をわずかに延長するために高いお金を使うよりも、今この瞬間楽しむ時間を確保するためにお金を使った方が良くないだろうか。

どうせ時間=命を買うのであれば、それを有効利用できる時に買うべきなのだ。

それが、延命治療にお金を使うんだったら、120%今食洗機を買う方が良い理由だ。

結局、僕の実家は食洗機を購入しなかったけれど、まだ持っていないご家庭はこの機会に買うことを全力でオススメする。

ちなみに、僕が買おうとした食洗機はコチラ↓

実家にはプレゼントしなかったけれど、我が家では毎日使っている。

収納力、洗浄力共に申し分なしだし、この投稿には書いてないけれど、ほかの多くのWebサイトでも触れられているように食洗機を使ったからと言って電気代や水道代が高くなるということは全然ない。

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