世の中で一番どうでもいいものは金である

「宵越しの金は持たない」

この言葉は古くは江戸っ子のお金の使い方を表現するのに使われ、気前の良さを表したと言われている(様々な事情により、宵越しの金を持てなかったという場合もあったようだけれど)。

この言葉をまさに体現している先輩がいた。

その先輩の家は小遣い制だったのだが、彼は小遣いをもらうと必ずその日のうちに使ってしまっていた。

僕はその先輩に大変お世話になり、たくさん遊んでももらっていたのだけれど、彼の行動を見ているといつも「宵越しの金は持たない」という言葉を思い出していた。

「世の中で一番どうでもいいものは金だ」

その先輩は酔っ払うといつもそんなことを言っていた。

彼と付き合い始めた当初はその言葉を僕は理解できなかった。でも、社会に出て10年以上が経ち、家族や子供ができた今となってようやく先輩の言葉に対して「なるほどなー」と思う部分がたくさん出てきた。

だから、今日は「世の中で一番どうでもいいものは金だ」ということについて話したいと思う。

本当にそうなのか、ということも含めて。

その先輩はいつも金に困っていた

その先輩はいつも金に困っていた。

いや、僕から見るといつもそう見えた。

彼の家は子沢山だった。しかも全員男の子だ。

具体的な金額までは聞いたことはないが、毎月の食費もかなりの額が飛んでいくようだった。

そして、酒もタバコもギャンブルも大好きで、金のかかる趣味もいくつか持っていた。

だから、いつもお金がなかった。先輩なのに後輩に奢ってもらうこともよくあったし、お金を貸してくれと頼まれることもたまにあった。お金がないのに飲みに行って誰よりもたらふく酒を飲み、酔い潰れて皆に抱きかかえられて家に帰ることなんて日常茶飯事だった。

そして、前にも書いたようにお金が入ってきたとしても、その日のうちに必ず使い切ってしまっていた。

家にも何度も遊びに行ったことはあったけれど、狭い団地でボロボロの家具に囲まれて住んでいて、お世辞にも良い居住環境だとは言えなかった。

だから、その先輩はいつもお金に困っているように見えた。

その先輩はいつも幸せだった

その先輩がいつもお金に困っているように見えた一方で、彼はいつも幸せそうに見えた。

その先輩の周りにはいつも人が集まっていた。

飲み会で、休みの日のBBQで、仲間内での旅行で。先輩が声をかけて皆を集めることもあったけれど、他の誰かが企画したイベントにもほとんど彼は呼ばれていた。

先輩の家族にも何度も会ったことがあるけれど、(当然色々な家庭内での小さな問題はあれど)家族全員仲良く、結束が強く、そして幸せそうに見えた。

世の中で一番どうでいいものは金だ

そんな先輩がこの言葉を言ったのは先輩の家に4人目の子供が生まれるという時だった。

「お金大丈夫なんですか?」という誰かからの問いに対して、先輩はこんなことを言った。

「世の中で一番どうでもいいものは金だ。金なんてどうにでもなる。それよりも産みたい時に子供を産まなかったり、遊びたい時に遊ばない方がまずいだろ」

その場にいる誰もが「なるほどなー」という感じで聞いてはいたが、僕も含めて納得はしていないようだった。

「わかるような気はするけど、そうは言ってもやっぱりお金って大事でしょ」

皆そう思っていたのだ。

でも、その後も先輩はことあるごとに(主に酒の場で)「金なんてどうでもいい」発言を連発し続けた。

僕らはいつもそれを笑って聞いていた。

金は本当にどうでもいいのか

では、金は本当にどうでもいいものなのか。

現時点での僕の中での結論は大体こんな感じだ。

「どうでもいいものではないが、どうにかなるものではある。だから金を理由にやりたいことをやらないのは馬鹿げているし、金のために何かをすることも馬鹿げている。」

金があれば、たいていのことができてしまう世の中だというのは真実だと思う。

金があれば、良い車に乗れるし、良い家にも住めるし、可愛い女の子と仲良くもなれる。金があれば、政治や社会や国だって変えられる。

でも、それらは金がなければできないかというと、答えは「NO」だ。

だから、金がないことをできないことの理由にしてはいけないと思う。

金はあくまでも手段の一つだ。何かやりたいことがある時、金がない状態というのは、手段の一つが途絶えたに過ぎないのだ。

金よりも大切なものは信用

先輩と出会ってからもう10年以上になるが、あいかわらず彼の周りにはいつも人が集まってくる。

たいして仕事をしているわけでもないし、仕事ができるわけでもないが、なぜか周囲からは大きな信用を得ている。

その理由の一つが、先輩は金のために動いていないからということだろう。先輩の中では金などどうでもいいものだ。だから仕事をする理由も、仕事をしない理由も金ではない。

要は他のサラリーマンとは利害関係が一致しないのだ。利害関係がないからこそ、裏表がないし、信頼が生まれる。

もう一つの理由が、先輩が金を回しているからだろう。何度も繰り返すが、先輩の中では金などどうでもいいものだ。だから、周りのためにたくさん金を使う。小遣いが入れば、すぐに後輩を連れて飲みに行くし、飲みに行けば、後輩に奢る。

そして、すぐに金がなくなり、今度は後輩に奢ってもらう。

こういう循環を作ることで、人のために金を回しているのだ。人のために金を使ったり、自分のために金を使ったりしてもらうことでいつのまにか信用の輪ができているように見える。

 

僕は先輩のような人間こそ会社の経営者に向いていると常々思っている。

起業を進めたことも何度かあるけれど、全くその気はないようだ。金がどうでもいいのと同じように、仕事や夢やビジョンなんてものもどうでもいいと感じているようだ。

毎晩タバコを吸いながらうまい酒を飲み、奥さんや子供達に囲まれて毎日を過ごせるだけで十分なのだそうだ。

 

 

 

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