『ボクたちはみんな大人になれなかった』レビュー 誰かとこの小説のことを話したくなった

「誰でも、小説家と役者はある日突然なることができる」

そんなことを言っていたのは、確か小説家の保坂和志だったと思う。
また、13歳のハローワーク公式サイトでは「作家」について次のように説明されている。

13歳から「作家になりたいんですが」と相談を受けたら、「作家は人に残された最後の職業で、本当になろうと思えばいつでもなれるので、とりあえず今はほかのことに目を向けたほうがいいですよ」とアドバイスすべきだろう。医師から作家になった人、教師から作家になった人、新聞記者から作家になった人、編集者から作家になった人、官僚から作家になった人、政治家から作家になった人、科学者から作家になった人、経営者から作家になった人、元犯罪者で服役の後で作家になった人、ギャンブラーから作家になった人、風俗嬢から作家になった人など、「作家への道」は作家の数だけバラエティがあるが、作家から政治家になった人がわずかにいるだけで、その逆はほとんどない。

出展:13歳のハローワーク公式サイト

実際、最近ではお笑い芸人が芥川賞を獲ったり、俳優が新人賞を獲ったり、ジャニーズ事務所のタレントが書いた小説が映画化されたりしている。

芥川賞作家がキャラ面白さを買われ、テレビに出ることもあるけれど、前者の例に比べてその数は圧倒的に少ない。

今回紹介する『ボクたちはみんな大人になれなかった』の著者の燃え殻も、異業種から作家になった人間の1人であり、ある日突然作家になった人々の1人だ。

【著者プロフィール】

1973年生まれ。テレビ美術制作。企画、人事担当。社内で新規事業部立ち上げの責任者になり、社内にいることが激減。日報代わりに始めたTwitterがある時から脱線し続ける。結果、現在フォロワー数6万5千を超えるアカウントになる。

出典:cakes

もともとTwitterで多くの人にフォローされていた著者が、小説のweb連載を始め、それが人気を博し、書籍化されたようだ。

この小説で描かれる物語は、どの時代であっても、誰であっても起こりうる物語だ。青春物語であり、恋愛物語でもあり、それらのテーマや内容は幾度となく多くの物語で扱われてきたものだ。「使い古された普遍的なテーマ」だと言っても差し支えないだろう。

話の中には手に汗握るスリリングな展開もなければ、本をめくる手が止められなくなるような謎解きもない。

読者は「自分にも起こったかもしれない」物語を楽しんでいるのだ。

物語の主人公は43歳のボク。

語られる内容には著者の経験が色濃く反映されているようだ。

仕事と恋愛を中心に過去と現在が行き来し、物語は進んでいく。

時代の空気を捉えた優秀な小説はよく読者に「これは自分のことを書いている物語だ」と評されることが多い。実際この本の感想にもそういった声は多いようだ。

でも、普通「自分のことを書いていると感じられる物語」は陳腐に感じられることが多い。そういう小説は、既に語り尽くされた、ありふれたよくある物語であることが多いからだ。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』が陳腐ではなく、新しい小説として捉えられているのは、現代にマッチした語り口と、著者と同世代の人間なら誰もが聞き覚えのあるガジェットを多用しているからだろう。

語り口はTwitterで多くのファンを獲得した著者ならではの巧さが随所に見られる。

例えば比喩や会話。

比喩や会話が巧い作者を挙げろと言われれば、僕は村上春樹と伊坂幸太郎の名前を頭に思い浮かべる。でも、村上春樹はやや「してやったり感」が強すぎて、読んでいてこちらが恥ずかしくなることもある。伊坂幸太郎は若干巧すぎるし、オシャレすぎる。

一方、著者の比喩や会話はというと、若干鼻にはつくが嫌悪を感じることはないギリギリのラインを走っている。現代的なのだ。

また、ガジェットの使い方もこの小説の読者に「自分のことを書いている」と感じさせている要因の1つだ。

物語の中には、TwitterやFacebookだけでなく、ビューティフル・ドリーマーやA BATHING APEの流行、ノストラダムスの予言、『Hot-Dog Press』等懐かしのガジェットが山ほど登場する。

人間の記憶というものは、それ単体では存在せず、必ず何かと結びついているからこそ僕たちの中に残っている。

ガジェットの洪水に身を委ねながら、著者と同世代の読者たちは「そういえばアレが流行った頃自分はあんなことをしていたな」とか「あの曲をあの人と聞いたな」と感じるだろう。

この瞬間、著者が紡ぐ物語は読者自身の物語となり、ガジェットを介して記憶が共有される。

そして、読者は「この小説は自分のことを書いている」と感じるのだ。

実際僕自身もこの小説を読みながら大学時代の東京生活や当時付き合っていた彼女のことを何度も思い出した。

そして、誰でもいいから当時のことを、この小説のことを一緒に話したくなった。

 

この小説は多くの著名人に評価された(糸井重里、大根仁、小沢一敬、堀江貴文、会田誠、樋口毅宏、二村ヒトシ)。

その中にはインフルエンサーと呼ばれる人も多く、Twitter等を中心に評判が広まったことも、この小説が売れた大きな要因になっているだろう(インフルエンサーは当然人気者が多いから忙しい。そんな彼らがすぐに読めるよう平易な文体と適度な分量で書かれていることも大きいだろう)。

 

『ボクたちはみんな大人になれなかった』は著者の処女作だ。

こんな青春小説というか恋愛小説は処女作でなければ絶対に書けないだろう。処女作だからこそ出すことが許される甘酸っぱさはそう長く使い回しできるものではない。

そういった意味では2作目以降燃え殻がどんな小説を書くのかとても楽しみだ。

個人的には軽妙な物語ではなく、あえて重厚で長大な物語にチャレンジして欲しい。

個人的に望むことと言えば、もう1つ。

もしこの小説の映画化があるとしたら、是非Youtbeで無料公開して欲しい。

それがこの作品の正しい売り方だと思う。

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